韓国の滞在も4日目を迎え、ようやくソウルの空気に体が慣れてきました。「その土地の本当の姿を感じたいなら、5日位は滞在した方が良い」と先輩に言われてから、なるべくそうするようにしています。さすがに4日も過ぎると、午前中はホテルでゆっくりしたり、時間の流れが少し緩やかになってきます。そうすると、ぼーっとする時間もできたりして、コーヒーを飲みながら日本の事を考えてみたり。海外にいると、自分の国を離れた場所から見れるので、気づく事も多いですね。そんな事をしている内に、時刻は既に正午過ぎ。いかんいかん、と外に出ることにしました。
連日デザインやカルチャーな場所を見て回っていたので、もう少しローカルな所へ行ってみたくなり、ソウル東部にある「プンムル(風物)市場」へ。ここは、韓国最大の蚤の市で、骨董品をはじめ、生活用品、地域特産品や伝統工芸品、 韓国でもなかなか目にすることのできない珍しい物が所狭しと置かれています。かなり古い時代の物もあるという話を聞いていたので、楽しみに訪れてみると、昨日までのソウルの様子は何だったんだ!と言わんばかりの人の多さ。そして目に飛び込んで来るインパクトの数々に圧倒されながら、シャッターを切るのでした。
お店によっては、陳列してあるのかも怪しく、どれが商品でどれがそうじゃないのか分からない程。そこに我先にと品定めをする人達。フリーマーケットという言葉から想像するような、楽しい買い物の雰囲気からは少し遠く、必要な道具をなるべく安く買い求めようとする“必死さ”を感じたのでした。衝撃的だったのは、山のように盛られたコートの中から、なるべく暖かいダウンジャケットはないかと探している光景。寒い日が続くので、確かにすぐに必要な物ではあるけれど…。昨日の優雅なソウルの街並みを見ていたせいか、何とも言えない気分になったのでした。
そんな市場の独特な雰囲気にも慣れてくると、楽しむ余裕が出てきます。よくよく見れば、幼少期の記憶に残っているようなミシンや調理道具の数々。1970年代〜2020年代まで、実に50年間分の古い物の中に稀に新しい物が混ざっており、そのコントラストが奇妙であり面白く感じてきます。
パッと目を開いただけでは、一見ガラクタのように見えるのですがひとつひとつズームをしていくと何かが見つかるかもしれない。そんな、自分の審美眼を試されているような挑発的な商品の並べ方が、僕の頭の中の固定概念をビリビリと音を立てて破っていく。グリッド状に並べられた綺麗なデザインに慣れてしまっちゃダメですね(笑)。わかりやすい・買いやすい事だけが「買い物の本来の楽しさ」じゃない。ここで気づかされるとは思いもしませんでした。
プンムル市場の雑踏の先に顔を覗かせる、ブラッド・ピットの広告。こんな普通の写真も、見方を変えると、優雅にカフェラテを飲むその姿がこちらをあざ笑っているかのように見えます。
韓国はGDPでは日本を上回るとも言われていますが、実は貧富の差がかなり激しく、更に中間所得層が少ない「超格差社会」というのが実状のようです。ソウル市内でも富裕層地区と貧困層地区が入り乱れるように存在していて、歩いているだけで景色が急に変わるそう。このような市場にも、貧しい人々が多く訪れます。日本から見える韓国は、BTSなどの音楽・韓国料理・美容など煌びやかな部分ばかりですが、それはどちらかといえば海外用の側面であって、実際こうしてソウルに暫く滞在すると、プンムル市場の人達のやりとりや活気、商品の取り扱いに対する良い意味での「雑さ」の方が韓国っぽく感じてしまいます。こういうエッセンスを新しくリデザインすれば、ポスト・コリアンスタイルのようなカルチャーが生まれそうな予感すらしてくるのです。
両方の地域を行き来していて感じたのは、お互いのエリアの交流を全く感じないことでした。例えば、日本だと、コンビニ、100均、無印、ユニクロなど、どんな層の人でも買う事のできるお店が日本中にあります。格差はどうであれ、敷居は低く、そこで買って楽しむ事ができ、どれもがある程度機能的でデザインの行き届いた商品ばかり。「誰でも等しく楽しめる」日本では一般的な事が韓国では全く違うのです。
なぜ、インテリアショップがソウルに少ないのか?何年も疑問に思っていたのですが、ようやく理由がわかった気がします。そういうお店はあるにはあるが、富裕層向けが主で、優れたデザインはそこに集まり、その多くが高価で手の届かない物になる。一見韓国の文化は元気があるように見えるが、実際その技術やノウハウは、下の層には浸透していない。そう考えると、大袈裟ではありますが、日本って本当に恵まれた国なんだなぁと、しみじみ痛感するのでした。
「今、韓国人は、韓国の事をあまり好きではない。」韓国人の親友が言い放った言葉が、妙にずっと心に刺さったまま、そして何となくその意味がわかったような感覚を覚え、韓国の旅を終えました。
日本は今、若者達を中心に「日本が好きだ」という意識が波及しているように感じます。僕にはそれが希望の光のように思えるのです。貧富の差を気にせず、昔から新しさを学び、自分が良いと思った文化は周りにシェアし、皆で体験し成長させていく事ができる。それこそを平和と呼び、その精神性を持てる日本が、とても幸せな国であると。僕自身も心底日本人で良かったという喜びを感じます。
宇宙船地球号。これは、米国の建築家バックミンスター・フラーが提唱した言葉。地球を一つの閉じた乗り物と考え、人間だけでなく、動物や鳥、木々などの資源まで、“地球”という名の宇宙船の乗組員の一人として行動することが必要だという考え方。まさに今、僕達にはこの言葉が必要なのではないかと思うのです。同じアジアの、お隣さんの国としても。
つづく
和田 健司 オランダDesign Academy EindhovenにてDroog Design ハイス・バッカー氏に師事、コンセプチュアルデザインを学ぶ。 同大学院修士課程修了。大手広告代理店勤務の後、2011年 “what is design?”を理念とする(株)デザインの研究所を設立。研究に基づく新たな気付きを、個人から企業まで様々な顧客に価値として提供し続けるコンセプター。(インスタグラム:@k_enjiwada)