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大町市内には、東側に“女清水(おんなみず)”、西側に“男清水(おとこみず)”と呼ばれる2種類の水が湧いています。仕込み水に使うのは“女清水”。標高900メートルの里山・居谷里の湧水で、軟水に近い柔らかい味がするという。
全国各地から39蔵が出資して立ち上げた日本地酒協同組合は、薄井商店も加入しており、半径100キロ圏内で生産された原料、および水を使用して醸造・蒸留された酒を「郷酒(さとざけ)」と定義しています。「組合では半径100キロ以内としていますが、ここではそれよりもっと狭い範囲、大町と北安曇郡4村の“北安曇野”という地域を意識しています」と代表取締役の四代目・薄井朋介さん。
薄井さんが社長になったのは1979(昭和54)年。もともと安曇平は酒米の産地だが、地元の米を意識し始めたのは15年ほど前だという。そこには「顔の見える米がほしい」という思いと共に「美しい田園風景を守りたい」という思いがあった。
米作りをやめた土地が、休耕地となり放置される。空いた土地に太陽光パネルが並ぶ光景に少しさびしさを感じていた。「北アルプスの美しさは田園風景があってこそ。山が連なっているだけでは味気ない。我々にそんな大きな力はないけれど、少しでも景観を守ることができれば」
長野県が認定する「エコファーマー」の資格を持つ地元農家の契約栽培米を使用。年に2度は勉強会や交流会を開き、契約農家との信頼関係を築いています。

社是として掲げる「変えねばならぬ 変えてはならぬ」。例えば、ラベルの「白馬錦」の文字は、ずっと使い続けているが、ラベルのデザインは変えています。酒造りも同様に、基本の作りは継承するが、変化も求めていく。
父である三代目・修助さんは「良い酒をつくれ」とよく口にしていた。「じゃあ、“良い酒”がどういう酒なのか…ということなんです。親父はそこまで言及していませんでしたが、僕は、クリアな、透明感のある酒だと思っています」
それは、北アルプスが輝く、冬の澄みわたる青空のようなイメージなのだろう。毎年、酒造りを始める前には杜氏の考えを聞き、自身の考えも伝える。「でも、そのあとは杜氏に任せていますよ」
20年前、雪の中に搾りたての生酒を埋めて雪を被せて寝かせる「雪中埋蔵」にいち早く取り組み始めた。冬に仕込んだ新酒をひと夏の間、高瀬渓谷のトンネルにに貯蔵する「ひやおろし-アルプス湖洞貯蔵」もここだから作れる酒。
この地域だからこそできる事を模索し、試行錯誤しながら、実現していく。年末、百貨店での販売では樽酒の量り売りを行うのもそのひとつ。大町の3つの蔵を巡る「北アルプス3蔵のみ歩き」や「地酒と料理で遊ぼう会」など、真摯に醸した酒をどのように楽しんでもらうかにも重きを置く。
「ここにいるだけじゃ発想も湧かないし、外に出ないといけないですよ」と話す薄井さん。「手間はかかるけど、手間を惜しんじゃいけないよね」と笑顔を見せる。