佐久穂町は湧水や地下水が豊富で、佐久平の“水がめ”とも呼ばれている地域。仕込み水に使うのは、軟水系の千曲川伏流水で県内の酒蔵で唯一、ミネラルウォーター「信州八千穂の湧水」として販売も行っています。
黒澤酒造の裏手の丘の斜面にある横井戸が初代の井戸で2代目は浅い井戸。現在使っている井戸は地下40メートルの3代目と、その倍ほどの深さから汲み上げる4代目となり、今も変わらず豊富に湧き出ている。
井戸の地上の部分を木や石などで囲んだ「井筒」。その名を持つ酒「井筒長」は、良い井戸を掘りあてたということに由来している。「水は、質も量も本当に恵まれていると思います」と代表取締役社長で6代目・黒澤孝夫さんは話す。
現在、米は県内産のみを使用しています。そのうち契約栽培が3~4割を占め、南佐久地域の3つの蔵が共同で作ってもらっている契約農家の酒米もあるという。「“ひとごこち”は開発段階から、作ってもらっていました。まだ番号で呼ばれていたころからですね」
黒澤さんが家業を継ぐために県外から戻ってきたのは2001年。既に契約栽培への取り組みが始まっていた。以降、徐々に農家の数を増やし、2005年からは自社でも栽培を開始することに。「土地も人手もあったのでやってみようかと思いました。米から手掛けた酒ができれば面白いと思って」
多量に採れるわけではないが、常に心掛けている“地域に根差した酒造り”の一つのかたちなのでしょう。
黒澤酒造では八千穂の水田で田植えから稲刈り、そして特別純米酒を仕込むまでを体験できる「八千穂美醸会」を主催しています。「酒造りに興味がある人が集まって、その年できた米で造った酒を楽しんでもらっています」と黒澤さん。2002年に立ち上げて、欠員が出たときに募集を行いながら、70~80人の会員が酒を楽しみ交流を深めている。
蔵に隣接する「酒の資料館」には、昔の酒造りの風景を人形で再現したジオラマや、道具、酒器、古民具なども並び、井筒長のラベル原画なども見ることができる。また、創業時の酒蔵を修復した「ギャラリーくろさわ」では、展示やコンサートなどのイベントも開催しています。ショップだけではなく、地域の情報発信や文化振興など人が気軽に集まる空間にしたいと思っている。
2009年から杜氏を務める弟・洋平さんと、兄弟で伝統の酒造りを受け継ぐ。昨今の“日本酒ブーム”について聞くと、「ブーム、とまでは感じていないんですが…」と前置きした上で、こう語った。
「以前は端麗辛口一辺倒だったところが、多種多様なものが好まれるようになってきたと思います。その分、酒造りも多様性を意識するようにはなりますね」
伝統的な生酛(きもと)造りに軸を置き、自社精米を行い原料からしっかり自らの手で見ながら行う酒造りは、手間がかかるので仕込みで量を増やすことはできない。その中で、“うちでしか出せない味”を目指す。兄弟の“二人三脚”はスタートしたばかりだ。