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大信州の酒造りは、毎年10月1日に始まります。長野県では稲刈りが始まるのは9月上旬。それを精米すると9月下旬~10月初旬に仕上がってくる。「ちょうど10月1日はお酒の日なので、ここを起点にしています」と代表取締役・田中隆一さん。米は新米のみを使い、酒造りは翌年の田植えの時期の前まで続きます。
毎年秋に行われる宮中祭祀には、神嘗(かんなめ)祭と新嘗(にいなめ)祭という、五穀豊穣に感謝する祭があります。大信州でも蔵内にある社に参り、今年も米ができたことを喜び、大事に酒を造る。「値段に関係なく、お酒がかわいいし、大事にする。入社間もないころに、頭(かしら)に言われました」。蔵内のそこかしこには、“愛感謝”という言葉が貼られています。
信州は昼夜の寒暖差が大きく、湿度が低い気候。稲作をはじめ、さまざまな農作物を作るのに適した土地。雄大な山々に支えられた自然水。信州の酒蔵は全て、酒造りにとって恵まれた環境下にあります。
「こんなラッキーなことはないんです。だからこそ、この恵まれた環境を自分のところでどう活かせるかが勝負だと思います」
田中さんがこの道に入ったのは約20年前。それまでは地域にこだわらず、良い米を買い求めていたが、信州の恵まれた自然環境に気付き、地元の米に目を向け、契約栽培を始めた。現在は、全体の95%が県産の酒造好適米。そしてそのほぼ100%が契約農家が作った米だという。

「金紋錦」や「ひとごこち」などの原料米を、松本平、東御市・八重原、木島平の3カ所、10軒の契約農家が栽培。農家ごとに自家精米し、丁寧に蒸し上げて仕込み、可能な限り「シングルカスク」で瓶詰めをしています。
「トレーサビリティなんてかっこいいものではなく、単純に農家ごとに味に違いが出るのかどうか興味があったんです。」と田中さんは笑う。
しかしそれは、農家にとって紛れもなく「自分の米で造った酒」だ。勉強会や研究会をはじめ「今年の米の出来はどうか」「酒にするときの使いごこちは?」「米の出来が酒に反映されているか」と契約農家と蔵人が顔を合わせて報告をする試飲会。お互いに考え、取り組むことで、心を共にした“酒造り”ができるのです。
仕込み1本1本の個性を味わうことができる、というのは長所にもなるが、短所にもなることもある。「もちろん、その違いをダメだと思う人もいるでしょう。でも、大信州はそういう酒造りをしている。それを楽しめるという人に、飲んでいただければ嬉しい」と田中さんは言う。手応えと自信があるからこその言葉。
専門店のケーキはおいしいが、コンビニで売っているケーキも十分おいしいと思える時代になった。「でも極めていくと違う部分がやっぱりあるはず。ただの“技術”ではなく、“技能”で酒造りをしたいし、普通のおいしいを『うまい』と言うなら、それを越えた『美味い』を極めたい。大量生産はできないけど、そこに喜びを感じて仕事をしていきたいと思っています」